2011年03月12日

あの人に学ぶ「トップセールスマインド」

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先日のアジアカップで

 大活躍した長友選手を覚えている方も

 いらっしゃるのではないでしょうか。


 アジアカップ終了後、

 世界トップクラスのクラブチーム『インテル』への

 移籍を果たした長友選手。

 これまで、サッカー選手として

 順風満帆なキャリアを積んできたように見えます。

 しかし、彼のこれまでのサッカー人生は

 決して平坦なものではありませんでした。


     ◆          ◆

 ─今から遡ること6年前。

 当時、大学一年生の長友選手の姿は

 スタジアムのピッチではなく、観客席にありました。

 彼の試合での仕事は、太鼓を叩くこと。

 そう、長友選手は6年前、応援団の一員だったのです。


 仲間内で『太鼓の達人』というあだ名がつくほど

 太鼓がうまかったそうで、

 
 Jリーグのチーム『鹿島アントラーズ』のサポーターの方から

 「ウチで太鼓を叩いてもらえないか?」

 と声がかかるほどだったそうです。


 しかし、彼は決して

 サッカー選手を目指していなかったわけではありません。


 実はこの時、椎間板ヘルニアを患い、

 サッカーができない毎日を過ごしていたそうです。


 プロになるためには、

 自分にしかない強みを身につけなくてはいけない。


 だからこの小さい体を補うほどの、

 無尽蔵のスタミナをつけてみせる。


 そう心に誓い、トレーニングに明け暮れていた彼にとって

 それは大きな試練の時でした。


 太鼓を叩き、仲間を応援し続けることが、

 どれだけ辛いことだったかは想像に難くありません。


 「サッカーをしたい。でも、できない。」

 
 そして、度重なるストレスから

 次第にパチンコ漬けの毎日を送るようになったといいます。
 
 しかし、それまでの彼の努力を知っていた 

 姉や大学の同窓生、チームメイトたちは

 そんな長友選手を、決して許しませんでした。


 「みんなの叱咤激励があったから、

  あの時代を乗り越えることができた」


 長友選手は当時を振り返り、そう語ります。

 その後、病気を克服した彼は

 それまで以上にトレーニングに励むようになったそうです。


 ≪支えてくれた全ての人への感謝の気持ち≫


 それが、現在の長友選手の持ち味と言える

 【豊富な運動量】と【フィジカルの強さ】の源であることは

 言うまでもありません。


 今でも、彼のブログやインタビューには

 必ずといってよいほど【感謝】という言葉が語られています。

 
 今後も、海を越えたイタリアの地で

 駆け回る彼を見るのが楽しみでなりません。

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ぱっとみためあんまり挫折をしらなそうな印象を受ける長友選手ですが、

まさかこんな過去があったとは・・・・

びっくりです。

彼には本当に世界一のサイドバックになってもらいたいです。


posted by zau94930 at 22:50| Comment(11) | TrackBack(0) | 長友 佑都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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